XJ400Sディバージョン 2年間所有した感想

私がディバージョンと歩んだ2年間の経過を綴ったページです。
ディバージョン所有中に感じた本音を記しました。
※ディバージョンオーナー、またディバージョンファンの方には失礼な文面もありますが、何卒お許し下さい。

 

■「ディバージョン」…?

昔の私の「乗りたいバイク」といえば、「4気筒250cc」一辺倒であった。
とりわけ、ホンダのカムギアトレーンのバイクは、エンジンがスムーズに回り、低速も粘り、何よりも独特なエンジン音がとても好きだった。
だから、以前乗っていたCBR250R(MC19型)は、とても気に入っていた。「一生乗っていく」とまで思っていた時期もあった。

しかし、今の配達の仕事に転職してからは、考えが変わった。
毎日カブに乗って配達に出るから、体の疲れがどんどん溜まっていく。
しかも、カブのエンジン音に慣れて、セカンドバイクまでカブにしてしまうと、CBRの乗車姿勢と甲高いエンジン音が、段々と苦痛に変わっていった。

それが限界に達して、馴染みのバイク屋に相談に行く。

・毎日バイクに乗るから、楽なバイクに乗りたい
・しかしエンジンはスムーズに回る4気筒が良い
・カウル付き
・重たいのはしんどいので却下

何とも贅沢な要求だった。これらの条件を満たすバイクといえば、パッと思いつく車種はCB400ボルドールかFZ400ぐらい。
しかし、店員さんはここで変わった提案をしてきた。

「ヤマハで昔、ディバージョンというバイクがありましてね、それはどうでしょう」

聞くと、上記の要件はすべて満たしている。
さらに「空冷であること」「400なのにフロントブレーキがシングルディスク」「タイヤサイズが前110、後130と細身である」という変わった組み合わせ。

そして、カラーに「グリーン」がある。私は深緑色が好きなので、これが決め手だった。

ディバージョンというバイクを知り、所有するきっかけであった。2012年5月のことである。

 

■失敗した・・・

私の手元に来たディバージョンは、ワンオーナー車。前のオーナーさんはだいぶ走り込んであり、76000キロからのスタートであった。
しかし、直前まで乗っておられたため、エンジンは元気そのもの。
オイルの滲みが既に出ていたが、この頃はそれ程気にするものでもなかった。

バイク屋さんから出庫して走り始める。
なるほど、常用域では落ち着いた鼓動を奏でる。

…しかし、回してみるとどうか。
加速感がほとんど感じられない。スロットルを回すとエンジンは回転するものの、それに速度が乗ってこない。回るだけで、喧しいだけである。
以前、CBRというバイクに乗っていた身からすれば、スカみたいなパワーであった。
なんじゃこりゃ、と。

「失敗した…」
というのが、最初の大きな感想だった。4発の400ccだから、それなりの加速をするものだと思ってたのだが、大きく裏切られたのである。
あまりに緩慢で退屈なエンジンの反応に、思わず眠気が襲ってきたのと、距離を走ったエンジンからの「タタタタタ・・・」というタペット音が印象的だった。
この頃は、私自身、まだまだ「加速するときのスピード感」が体に染みついていたのである。

 

■2台所有のはじまり

すぐに「売ろう」という思いがよぎったが、これは「買って間もないし、素性もまだ知らないうちに売るのはどうか」と思いとどまる。
だが、「加速感」はどうにも得たい思いが強かったので、ここで3台目としてホンダのジェイドを購入する。

ジェイドは、エンジンが元気良かったので、CBRよりもスムーズに回った。小柄なので、扱いも容易い。
当分は、「走りはジェイド、ツーリングはディバージョン」という図式が出来上がった。

しかし、ジェイドの粗はすぐに出た。
コーナリングの時の切れ込みが激しい。寝かすと倒れそうになる。
しかも膝が窮屈だ。
そして、カムギアの音が耳に付いてからは、もう乗るのが嫌になった。

ここで初めて、ディバージョンの良さが分かり始める。
・疲れる音を発しないこと
・ポジションが非常に楽であること、自然な膝の曲がり方であること
・コーナリングでも倒れ込むことなく安定していること

これは凄いことなんだな、と感じ、ディバージョンを見直すきっかけにもなった。

 

■ジールとディバージョン

ジェイドは手放すことに決めたが、やはりブン回したい走りをしたいときもあり、その時にディバージョンは役不足である。
なので、次に選択肢として浮上したのが、同じヤマハの「ジール」であった。

ジールは、ディバージョンと同時期の生まれであることから、ハンドルスイッチやホイール等に共通の部品が使われていた。
丸みを帯びたフォルムも、この頃のヤマハのバイクの特徴であった。
だから、見ようによっては、ディバージョンの弟か妹分みたいな存在であった。
エンジン回転を上げると、ラジエーターカバーが共振するところまでディバージョンそっくりであった。

思えばこの頃が、一番充実していた時であった。
平成初期の「輝いていた」ヤマハのバイクを2台所持しているという満足感があった。
ジールはキャブレターに持病があって、しょっちゅう入院したが、それでも愛着があった。
ジールを所有してから、ディバージョンへの愛着もわき始める。メインはディバージョンなのに、何とも失礼な話である。

この頃から、ディバージョンのオイル漏れが酷くなり始める。

 

■カタログと雑誌が訴える「ディバージョン」誕生の目的

ジールを所有して少ししてから、ディバージョンの特集をしていた雑誌と、当時のカタログを手に入れるきっかけがあった。
その雑誌というのが、「ライダーズクラブ 189号」特集名は「Diversionに乗る時代…を考える」

この雑誌とカタログが、非常に強烈であった。
ページをめくってから、まずディバージョンの広告が6ページ、そこから特集が12ページ。

「何だ、たったそれだけか」と思われるかもしれないが、このページ数に、「ディバージョンが一体、どういう目的で生まれたのか」が、事細かに記載されてあった。

これを読んで、私はディバージョンへの意識を根底から覆した。
当時、レーサーレプリカ熱が冷め始め、ゼファーに代表される「懐古主義」に走るバイクと、「レーサーレプリカのエンジンをネイキッドへ転生」したバイクに二分されたバイク業界に、新風を入れたかったヤマハ。
「スペックでバイクを語る時代に終わりを告げなければならない」
「日本製バイクの新たな幕開けという重大な任務を負ったバイク」
こう書かれたディバージョンの誕生の経緯に、とても感動してしまった。

ディバージョンは「ウィンドツアラー」とヤマハが銘打っていたように、バイクを動かす上では欠かせない「風」をうまく利用したバイクである。
新設計のジェネシスエンジンは、効率よく走行風をエンジンに導くために採用された。カウルだけでなく、エンジン回りの部品が丸みを帯びているのも、風による冷却を期待してのこと。また、フロントカウルは、低速時から高速時まで、風の流れをうまく調整できるように設計された。

スタイルは細身にするかわりに、シートは大きく肉厚を持たせる。ハンドル位置も考えて、疲れにくい、ライダーに優しいポジションと乗り心地を与える。

そして、普段運転するときは、1〜5000rpmの常用域を多用することから、その領域をピンポイントに絞って、エンジンの出力を決定した。
わざわざ高回転域まで回さずとも、必要な加速が得られるように「わざと」したのである。

ディバージョンの各所にはすべて理論的に作られた、意味を持つものがあったのである。

ここまで考え尽くされ、そしてこれからのバイクには何が必要かということを示したヤマハの技術陣には、ただただ脱帽するしかなかった。
と同時に、これだけ意味を持って生まれたバイクなのだから、その意思を継ぐためにも大事に乗らなければ、という思いが自身の中で倍加したのである。

 

■オイル漏れ対策

ディバージョンに乗って1年が経つ頃に、車検を受けた。
ここで、キャブレターの再同調を取り、キャブ回りのゴム・パッキン類も新品に交換した。
しかし、エンジンの動きは良くなったものの、オイル漏れは悪化の一途を辿る。既に80000キロを超えていたので、当然と言えば当然かもしれない。
そこで、シリンダーカバー・シリンダーヘッド・シリンダーの各ガスケットを交換することにした(所謂、腰上オーバーホール)。

ところが、シリンダー側のガスケットは欠品となってしまい、入手不可能に。
ただ、シリンダーカバーのガスケットはまだあったので、そこの交換とカムチェーンテンショナーの交換をお願いした。

オイル漏れが一番酷かったのがシリンダーカバー、その次がシリンダーヘッドだったので、シリンダーカバーからのオイル漏れが止まっただけで、オイルの消費量がグンと減った。
ただ、そこから下はそのままなので、根本的な解決にはなっていない。が、部品がなければどうしようもない。
カムチェーンテンショナーの交換は効果抜群で、購入前よりもエンジンのツキが良くなり、見違えるようにシャキシャキエンジンが動いてくれるようになった。

車検と合わせて20万近くの出費をしたが、ディバージョンの為と思うと、まったく苦にならなかった。

話は逸れるが、カウルに植え付けているウェルナットという部品のゴムが劣化すると、カウル部分が激しく共振して非常に不快だった。
なので、定期的に交換していたのだが、このナットが外しにくく苦労したことが何度もあった。
これさえなければ、ディバージョンの欠点は相当に和らいだと思う。

 

■AX-1

2013年の暮れに、いつものバイク屋さんでホンダのAX-1が売られているのを見かけた。
AX-1は1987年に現在のデュアルパーパスの先駆けとして生まれたバイクである。

独特なスタイルと、おおよそオフロード車とは思えない装備に目を奪われた。
折しも、ジールのエンジンがレッドゾーンまで回らなくなったこともあり、「そろそろ4発から鞍替えしても良いかな」と思い始めた時であった。
値段が手頃ということもあり、ジールからあっさりと乗り換えてしまった。

水冷シングルエンジンは、小気味よい音を奏でて、スタートダッシュもよく、乗り始めの頃はその機動性能に感動したものである。
が、やはり回したときの感覚はマルチエンジンには敵わなかった。また、AX-1は極低回転域が弱く、特に2500rpm以下ではクラッチ操作に気を遣った。
そのうち、小気味よいエンジンの良さよりも、オフロードタイプの宿命であるシート幅の狭さとそれに起因する尻の痛さの方に気が行ってしまう。

そして、AX-1を購入して5ヶ月後、運命の時がやってきた。

 

■ディバージョンの終焉

家の都合により、バイクの台数を減らさなければならなくなった。
カブは辛うじて置いておけるが、中型車を2台置くことが困難になってきたのである。
この地点で、AX-1は早々に売却の道を選んでしまう。

こうしてディバージョンが残ったが、ディバージョンはその設計上、回転数を上げて走ることができない。
できないことはないが、前述の通り回転が上がるだけでパワーは出ない特性である。
レプリカとは真逆の、「ゆっくり走ることを強いられる」バイクである。
バイクに乗ってる以上、回転を上げてスカッと走らせたい時があるのだが、コイツにそれは望めない。
やはり私の体には、CBR時代に経験した「速さ」が、染みついて離れなかったのである。

折しも、経年劣化によるフロントカウルのひび割れも限界に来て、不快なビビリ音が終日に渡り出続けるようになった。

「ここらで潮時か」、とうとうディバージョンを手放すことにしてしまった。

最後は友人と共に盛大にさよなら運転などして、ディバージョンを労った。
「お前のバイクのイメージはディバージョン」と言われるほど、性格的にもディバージョンは私に合っていたようだ。
が、それももう過ぎた話である。

 

■それでも…

ディバージョンの後継に、カワサキのZZR400を選び、いま手元にある。
パワーは申し分ないのだが、パワーを出した分だけ出てくる放熱と、久々のセパハンの扱いに苦慮しているところである。
ディバージョンは、パワーこそ無かったものの、乗りやすさや扱いやすさ等、「ライダーへの優しさ」という点では、群を抜いていたバイクであることを今更ながら再認識した。
ZZRに疲れたら、またディバージョンに戻ってこようかという思いすら出てくる。それぐらいに「優しいバイク」だった。

「速く走りたい」と思ったことはあっても、「速さ一辺倒」であった考えを、ディバージョンは変えてくれた。
そんなディバージョンには感謝しきりだし、所有し続けるのを断念してしまったことについては、ディバージョンはもとより、ディバージョンを生んだヤマハのスタッフの方々に対して申し訳ない思いで一杯である。

願わくば、生きているうちにもう一度会いたい。ディバージョンは、私の中ではまこと「哀愁漂う」バイクだ。

 

 

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