大阪市交通局 60系 電車のページ

大阪市交通局 堺筋線 60系電車の35年 (前編)

60系が引退してから間もない時に、暇な時間に書き綴った「60系の経歴」です。
間違い等がありましたらメールでご報告いただければ幸いです。

 

<1969(昭和44)年10月>
阪急との相互直通運転を前提に製造。
100Km/h(その後阪急側の「暗黙の了解」で110Km/h)運転を可能とする。
アルミ製車体。デビュー当初は前面の板は紅色。(車体横は無地)
デビュー時は5両だが、最終的には8両編成になるよう、考慮されている。
大阪市地下鉄で初めて床下暖房機(ヒーター)を備える。

・編成 5両×18編成=90両 (製造時から新車は1両も造らないと決定している)
 6000-6300=6600-6400-6500 (Mc-M=T-M-Mc 4M1T) 6001F〜6018Fを構成


<1973(昭和48)年〜1975(昭和50)年>
2年かけて全編成に保安ブレーキの取り付け変更を施す。


<1975(昭和50)年>
号線カラー化の実施。
前面の板が紅から現在の茶色に変更。加えて車体側面に高速電気軌道標識
(通称「コマルマーク」)の入った茶色帯のシールを貼り付け。


<1978(昭和53)年冬〜1979(昭和54)年春>
阪急にあわせて6両編成化の実施。
6016F〜6018F(5両×3編成=15両)をすべてT車化(中間車化)して、車番を
6700型
変更。現行の6001F〜6015Fに組み込み。
これで60系は6両×15編成となる。

6000-6300=6600-
6700-6400-6500 (Mc-M=T-T'-M-Mc 4M2T) 6001F〜6015Fを構成

なお、元運転台付(Mc)車6016・6516・6017・6517・6018・6518については
運転台を撤去せず、そのまま組み込み。
但し、動力系の部品は全部取り払っているため、操作できない。

 

<1981(昭和56)年>
・シートの更新
デビュー当初から使用されていた、俗に言う「ベンチシート」(笑) は、乗客から
「長時間座っていると尻が痛くなって耐えられん」と、非難続出だったので、検査時に
順次「モケットシート」に変更された。
(しかし、このシートも、阪急のモノと比べると大分硬かったらしい…)

・パンタグラフの更新
従来の標準型から、下枠交差型(PT4817-A-M型)に順次交換。


<1986(昭和61)年>
阪急、全車100%冷房化を達成。
しかし、60系は全車非冷房のため、乗客から不満の声が続出する。


<1989(昭和64・平成元)年>
技術の進歩に伴い、元来冷房化は不可能と考えられていた
60系の冷房改造について本格的な議論が始まる。


<1990(平成2)年春>
・新形式車66系の登場。
・60系の冷房改造案がまとまったので、試験的に6001Fを川重に輸送し改造開始。

冷房改造の内容
・出来る限り安く仕上げることが条件。
・そのため、今まで使っていたファンデリア(天井に埋め込まれた扇風機と排気口)を有効に使い、
 まず、扇風機を撤去し、その裏にある排気口の部分に冷房の吹き出し口を設置。
 屋根上に、阪急の冷房とほぼ同じ能力の装置を取り付け。
・T車に、冷房用の電源(冷房SIV)を設置。

(余談)1989年後半より「花の万博 花ずきんちゃんステッカー」を各車両戸袋付近に貼付。
    花博閉幕後に撤去。

<1990(平成2)年夏>
6001Fの冷房改造が終了し、本線で営業試験。
→好評だったため、他の車両についても同じ改造を施すことを決定。

<1991(平成3)年>
6001Fに続き6003Fの冷房改造を実施。
この編成から「リニューアル延命工事」を行う。

具体的な内容
・車内の壁紙の全面交換
・シートを「ただの」モケットシートから「バネ入り」モケットシートに取替
 →阪急車のシートと同等の座り心地を提供
・床敷物の交換
・窓の更新、ドアのガラスを大型化
・車体全面にコーティング加工
・車いすスペースの設置


<1992(平成4)年>
6002F・6011F・6012Fをまとめて冷房改造、リニューアル工事を行う。
一方、66系の増備により3月に
6005F(6両)が除籍、60系で初の廃車が出る。

(続く)
 

 

後編へ

出口