大阪市交通局 60系 電車のページ

大阪市交通局 堺筋線 60系電車の35年 (後編)

<1993(平成5)年>
60系にとっては運命の年。
恐怖の8両編成化実施。
今回は結構ややこしく、6008F・6009F・6010F・6013F・6015Fから一部の車両を抽出し、
他編成に組み込み。以下にその詳細を記す。(下線の車両は冷房改造を施行)

(元6009F)6309→6101 6009→6201 6509→6107 6409→6207 (6609・6709は廃車)
(元6010F)6310→6102 6010→6202 6510→6111 6410→6211 (6610・6710は廃車)
(元6013F)6313→6103 6013→6203 6513→6112 6413→6212 (6613・6713は廃車)
(元6015F)6315→6106 6015→6206 6515→6114 6415→6214 (6615・6715は廃車)
(元6008F)6308→6104 6008→6204 (6608・6708・6408・6508は廃車)

すなわち、
元6300・6500型→6100型
元6000・6400型→6200型

と言えば解釈できるかな?



こうして、冷房改造車の
6001F・6002F・6003F・6011F・6012Fと、
非冷房車で生き残った
6004F・6006F・6007F・6014Fは、めでたく8両編成化されました。
なお、今回の8両化で組み込まれた車両は、
電動車(M車)のまま組み込まれています。

・編成(
冷房車8両×5編成非冷房車8両×4編成=72両)
6両時代 6000-6300=6600-6700-6400-6500(Mc-M=T-T'-M-Mc 4M2T)
8両改造 6000-6100-6200-6300=6600-6700-6400-6500(Mc-M1-M2-M=T-T'-M-Mc 6M2T)


<1994(平成6)年>
8両編成化を行い、やっと落ち着いた60系ですが、非冷房車には厳しい運命が待って
いました。
大阪市交通局は、この年、「100%車両冷房化計画」を実施したのです。
このため、
6004F・6007Fが6月に除籍となり重機の餌食と化し、6006Fが休車扱い
なり、
6014Fも10月に廃車されるという、実にあっという間の出来事でした。なお、
6014号車は森之宮車両工場に保存される事になり、現在も倉庫の中で眠っています。

また10月下旬に、リニューアル工事を受けていなかった6001Fが川重に送られて工事を
始めると、運用数が足りなくなるということから、11月に休車扱いだった
6006Fが復活
するという出来事もあり、ファンの間ではちょっとしたお祭り騒ぎとなったそうです。


<1995(平成7)年>
その後6006Fは95年2月まで活躍を続け、3月上旬に6001Fが工事を終えて復帰すると、
6006Fはまた休車扱いとなり、3月31日付で廃車となってしまいました。結局、非冷房車
で最後まで残ったのは、6006Fということになり、これで、60系で唯一生き残ったのは
冷房改造車の8両5編成、合計40両のみとなってしまいました。

余談ですが、後継である66系の増備は8両12編成の96両まで続き、市交車の割合も
以前と比べて増したことから、今まで阪急と市交車の運用編成が16:12だったのに
対し、この年から同率となり、市交車に乗れるチャンスが増えました。


この期間中、60系は66系と一緒に、なかよく運用されていました。
しかし…その平和な日々にも、いよいよ終止符が打たれるときがやってきたのです…
 

 


<2002(平成14)年>
時は変わって21世紀に入りました。
60系のリニューアル工事を行った日から、10年が経過。
いよいよ、交通局が
60系の完全消滅に向けて動き始めました。

同年9月、交通局は66系のさらなるバージョンアップ版の
新66系(66613F〜)を導入し、
この影響で
6011Fが休車扱いとなり、同年12月上旬に 廃車となりました。


<2003(平成15)年>
さらに、新66系は60系の穴を埋めるかの如く、立て続けに増備を続け、この弾みで
6001F・6012Fが3月下旬に廃車。こと、6001Fは、復活時に非冷房車の6006Fを廃車に
追い込んだ時と同じ経験を味わったのです。

これで残ったのは、6002Fと6003Fのみ。
しかし…
6003Fは交通局100周年記念列車「タイムトレイン」に抜てきされた後は
休車となり、現在、東吹田検車場の解体線に留置されています。
最後まで活躍を続けていた
6002Fも、新66系66617F竣工の影響を受け、
2003年11月07日午前を持って営業運転を終了し、翌11月08日に除籍となりました。

その後、66617Fは11月09日から営業運転に入っています。

完全に役目を終えた60系は、今は2編成並んで東吹田検車場に留置され、解体の日を
待っています。解体は、2004年に行われる予定です。
 


2003/10/27 作成
2003/11/15 修正
2004/12/26 若干修正・Web掲載
 

 

あとがき

以上、60系の一生を私なりに綴っていきました。
60系が走り続けた記録は本当は35年間ではなく34年なんですが、そこは気にせずに…(^^;
しかし、個人的には、ちゃんとキリよく35年走り続けて欲しかったですね…あと1年なのに…

60系が廃車された後は、さまざまな噂を聞きました。
「第01編成の先頭車同士(6001/6501)は保存される」とか、「60系の廃車体が京都の山奥にあった」とか…
01編成の保存は一時本当に検討されたそうですが、結局潰しちゃいましたね。まぁ6014が保存されていますから、
さらに保存される可能性はあまり無かったとは思いますが…
さよなら運転の話も出たそうですが、ローレル賞のプレートが盗難に遭った云々でお流れになってしまったという…

60系の設計最高速度は100Km/hという話もあとで本を読んで知りました。
つまり阪急京都線ではダイヤ確保のために無理やり10Km/h負担をさせてたわけですから、それを毎日繰り返していたら、
ガタが早く来るのも納得がいきます。まぁ仕方ないといえばそうですが…
晩年、京都線で高速走行すると、窓の留め金が緩くなってきていたので窓が風圧で「ガタガタガタ…!」と、
けたたましい音を発していたため、お客さんから「この電車はうるさい」と、ちらほら苦情があったとか無かったとか…
一時の「うわ!また銀電が来たわ!キショ〜」と言われるよりかはマシですが、最後まで悪評の絶えなかった電車でした。

しかし、私はそれでも、今でも60系が好きでたまりません。
たまに用事で堺筋線に乗ることがありますが、60系が引退してから1年経った今でも、「穴のあいた感じ」が拭えません。
66系6次車が来ると、いつも「あぁ、昔はコイツの代わりに60系が来てたんやなぁ…」と、思ってしまいます。
同年代の阪急3300系が来ると、いつも「何でコイツはまだ走ってるのに60系はおらんのや…」と、思ってしまいます。
せめて、最後の1年だけは、市交線内折り返しや千里線だけの限定運用で良いから、走り続けて欲しかったと思ってしまいます。
(到底無理な話ですが…)

 

人間と同じように、電車にも寿命があるのは分かります。
60系が初期のアルミ車体で、しかも地上での高速走行という過酷な環境下で運転していた訳ですから、
寿命が早く来るのは仕方ないことも分かります。
分かってはいるんですけど、私の頭の中、心の中では、今も60系が動いているような気がしてならないのです。
60系の引退を素直に認められないんです。わがままで勝手であることも分かってますけど、何故かこの気持ちは
離れることがありません…

だから、今も、私の頭の中、心の中では、60系が、静かに、走っているのです…
誰にも知られることのないまま、いつも、走り続けているのです…

 

後半、普通の人が見たら「くっさい話やな〜」と思うに違いありませんね(苦笑
昔の文献をあさっていたら、つい感情的になってしまいました…あぁ恥ずかしい(赤面
あまりにもとりとめのない話でしたが、この辺で終わりとさせていただきます。
ここまで読んでくださった方々には、厚く感謝申し上げます。
お目汚し、失礼しました。m(__)m

南港りにあ   2004年12月26日

 

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