大阪市交通局 60系電車特集
OSAKA CITY SUBWAY 60 CAR PAGE


▲動物園前 1999/12/05

 

 

 60系電車の35年(60系の誕生から引退までをまとめたもの)

 60系のくわしい写真

 

 ある日の東吹田検車場

 

 

1969年12月6日
大阪市高速鉄道第6号線 天神橋筋六丁目〜動物園前 の開業と同時に産声を上げた、60系。
阪急電鉄と相互乗入れ運転が可能な高性能カム軸車両として、「銀色の頬紅電車」のニックネームを引っさげて登場した。
正面の斬新な顔は例がなく、また地下鉄車両としては高い性能を備えたことから、1970年にはローレル賞を受賞。
阪急線でも「軽快な電車」で乗務員から好評を得た。

しかし、機能重視の反面、簡素な車内設備・座り心地の悪い椅子、そして冷房がない。
阪急車との格差が目立ち、乗客からは不満が耐えなかった80年代。
当時の女子高生からは「銀電」という悪評もついた。

90年代になり、技術の進歩に伴って60系にも冷房を搭載することに成功。
また、併せてリニューアル工事も行われ、生まれ変わった車両もあれば、
後輩の66系に押されて廃車になる車両もあった。

…そして、2002年。
冷房装置の老朽化と、なにより30年以上経った初期のアルミ車体の疲労は限界に達し、故障も頻発したため、全車を66系と取り替えることが決定。
置き換えはわずか1年の間で急速に進行し、2003年11月08日、最後まで残った第02編成が、静かに引退していった…

 

このページでは、私がこの目で見た60系の雄姿を、ひっそりと公開している。
 

 

 


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